怜人は中庭に避難していた。
すると今度は、ベンチでパンを頬張っている美来と出くわし、自分から声をかけた。
「ふぉれはみふはらはま」
と、口にパンがある状態で喋ったので何を言っているか見当はつくが、食べてからでいいですよと言って、彼女が飲み込むまで待った。
気を取り直して横に座ると、隙のなさそうな美来にしては意外にも、頬にパンの食べカスをくっつけていた。
余程慌てたのだろうが、怜人は悪戯心を起こして、あえて伝えずにそのままにしておいた。
しかしすぐに自分で気付き
「何か研究に必要なものがあるなら仰って下さいね」
とごまかしながら、それを口に入れた。
だが怜人はそれには答えず「少し散歩しませんか?」と誘って、自由に歩ける中庭を散策し始めた。
そして「周防さんって、俺の幼馴染みにちょっと似てるんです」
と、最初に見たときに思ったことを打ち明けた。
「でも、周防さんの方がしっかりしてますけど。あいつ、子供っぽいところあるし」
と、なぜか似てないところを言って取り繕おうとする彼に
「橘絵理沙さんの行方は探させております。ご期待の添えられるか分かりませんが」
と、美来は答えた。
怜人は礼を言いつつ、でも今は特効薬の開発に優先させるつもりですと返す。
すると美来は、動物研究所で危険な目に遭わせたことを、改めて謝ってきた。
「熊の檻が壊れていたのに、人払いしていたせいで気付くのが遅れてしまいました」
現場とは違う真剣な態度で改めて謝られても、彼は大したことなかったので気にしないで下さいと、気遣うのは変わらなかった。
「それより、周防さんこそ俺の担当官になって嫌なんじゃないですか?」
と怜人は訊いた。
「なぜそう思われるんですか?」
と、美来は訊き返す。
「色々言い訳してメイティングしないし、かと思えば無茶な研究は始めるし、なのにそれには協力してくれるので、なんだか悪いなと思ってて。
悪いなと思うなら協力しろって話ですけど・・・その、どうしても」
と、彼は正直な心境を伝えた。
それに美来は
「優しいのですね。水原様は」
と、屈託ない笑顔を見せてくれた。
その笑顔に思わず鼓動が早くなる怜人。
それをごまかすように、違う話題を振った。
「そういえば、いつからここで働いているんですか?」
「2年前です」
「へー。その前は何を?出身はこの辺なんですか?」
と、プライベートな話題を掘り下げようとすると
「すみません。そういったことは一切お話できないんです」
と断られてしまった。
その日の夜。
美来はいつものようにシャワーを浴びていた。
シャワーを浴び終わって脱衣場に戻ると、鏡に映る自分の姿を見ながら、一人の女性の画像を出して、自分と見比べた。
それは、怜人が似ていると言った彼の幼馴染み、橘絵理沙だった。
考察・感想
上層部は男性陣の動向は見放題のようだ。
メイティング現場を見ることでさえ、最早動物の交尾シーンを見るかのように、淡々としている。
この頃に土井翔太のメイティング計画が進み出しているのだろう。
技術長官が言っていた「あの人」が誰なのか気になる。単なる恋人か夫か、それとも政府関係者か分からないが、既に死んでいるので、重要人物として登場する確立は低そうだ。
美来が元々絵理沙のことを知っていたのかどうかは、まだ何とも言えそうにない。
似ていると言われて確かめたのか、ただ改めて見直しただけなのか。
彼女が怜人の担当官に選ばれた理由が分かれば、そこも明かされるはずだと思う。