怜人が机に向かって研究を進めていると、すっかりエプロン姿が板についた翠がコーヒーを運んできてくれた。
ボディガードと言うより家政婦さんだな、と思いつつ、やはり実験を重ねないことには大した成果は得られないと感じ始めていた。
そんな時、そう言えばまひるはどこで何をしているのだろうと気になった。
まひるは、大人から子どもまで収容されている難民ホームにいた。
怜人の家族と言うことで、UWの施設で不自由ない暮らしをしているまひるは、余ったお菓子などを子供たちに分け与えるために通っていたのだった。
「はい。これで最後」
「ありがとうまひるちゃん!」
「え~もっと欲しい~。」
「ごめんね~。また今度!」
「次はいつ来てくれるの?」
「またすぐ来るよ!」
と、懐かれている彼女はもう何回もそこに通っていて、大人たちとも話すようになってホームに違和感なく馴染んでいた。
そうやって子供たちを気にかけて来てくれるまひるを見ていると、彼女に話しかけた寮長風のおばさんは、「UWの人も、あんたぐらい気が利けばいいのにね」と、愚地を零さずにはいられなかった。
とは言え、難民ホームに寄り集まって暮らしていても、食料は十分な量が配給されているので、雰囲気は明るく、楽しくやっているようだった。
男がいなくなった代わりに、世界から戦争もなくなったので、悪いことばかりじゃないさとおばさんが言った時、一人の女が口を挟んだ。
「女の喜びもなくなったけどね」
伊藤と言うその女は酒を飲んで、夫がいなくなった寂しさを紛らわせていた。
「私が飲まなきゃ酒が寂しがるんだよ」
と、話す彼女におばさんは
「寂しいのはアンタだろ。いつまで死んだ男のことでメソメソしてんだい」
と諭そうとしたが、グラスを投げつけられてしまう。
まひるが割れたグラスの片付けを手伝っていると、おばさんが話し始めた。
「聞いたかい?隣の区で生きてる男を見た人がいるってさ。まっ、そんな噂いちいち真に受けてたらキリないけどね」
と笑い飛ばす彼女に
「へえ・・・」
と返すのが精一杯だった。
まひるが朝方になって帰ると、怜人は徹夜して机に向かっていたらしく、眠そうにしていた。
「だめだよ!ちゃんと寝なくちゃ」
と注意するが
「まひるこそ、こんな朝まで何してんだ?」
と逆に訊かれて、何も言えなくなってしまう。
口ごもるまひるを見て、怜人は無造作に頭を撫でながら「あんま無茶すんなよ」と伝えた。
それに素直に「うん」と返すが、無茶しているの怜にいの方でしょと、矛先を返す。
怜人は
「兄さんたちを目覚めさせるために色々やることがあるからな。俺は5年も寝てたし平気だよ」
と笑ってみせた。
するとまひるは、家族思いの兄に、不意打ちのキスをした。
びっくりする怜人を軽くからかいながら、絵理沙が持っていた懐かしい人形を見つけてまひるは手に取った。
その背にファスナーが合って、何か入っているのに気がついた。
怜人が受け取って出してみると、それは映像を記録できるスマートリングだった。
そこである可能性に気付いた怜人は、誰か来たら知らせるようにまひるに頼んでからトイレに入り、そこでも監視の目がないか確認した。
そしてスマートリングを起動させると、予想通りそれは絵理沙が記録したものだった。
「怜人?これを観てるのが怜人だったらいいな。
時間がないから手短に話すね。私は今、ある場所でMKウイルスの研究をしているの」
白衣姿で話す絵理沙を見て、おそらく動物研究所の自室だろうと怜人は思った。
絵理沙は人目を気にするように話し続け、驚愕の可能性を示唆した。
「そこで恐ろしい事実に辿り着いたの・・・
信じたくなかったけど、そうとしか考えられない・・・
あれは自然発生したものじゃない。
MKウイルスは人が作り出したものよ」
考察・感想
火野の完全に玲奈にハマッているようだ。
支部の人間に猿と揶揄されてはいるが、この世界ではまさに救世主と呼んでもいい働きっぷりだろう。
石動が自分で慰めていることからすると、担当官は基本メイティング相手にはならないと思われる。
ただ美来の場合は、怜人が拒否したことと、彼の事情を考慮して彼女が選ばれたふしがあるので、初日の夜這いは特例だろう。
そしてMKウイルスの正体に、徐々に迫り始めた。
その可能性に気付いた事で危険を感じ、絵理沙は行方を暗ませたのは言わずもがな、彼女に協力する勢力なり個人がいるのも、後に判明する。