終末のハーレム1巻1話
【コールドスリープ】
2040年東京。
国立先端医科大学。
水原怜人は「絵理沙、ずっと好きだったんだ!」と幼馴染みに告白した。
すると絵理沙はくるっと後ろを向き「とっくに知ってたよ」と答えた。
「もう何年の付き合いになると思ってんの?
あんたの気持ちなんてとっくに気付いてたんだから
小学校からずっとで、もう10年以上一緒にいるんだから」
怜人は遠い目をして「10年か」と呟いた。
「でも、その記録更新も今年までかな。来年、俺はここにいないから」と彼は答えた。
驚く彼女に「細胞硬化症って病気に罹ったんだ」と伝えた。
彼女はすぐにネットで検索して調べ始めた。
製薬会社のAIが特効薬開発に取りかかっていると分かり「じゃあ、治るんだよね?」と少し不安そうに訊く。
「ああ、4,5年コールドスリープしてれば特効薬ができるだろうってさ」
と彼は答えた。
そんなに長いと彼女は思わなかったが「待ってる」と言いかけたのを彼が遮るように「スッキリした」と被せ、
「前田先輩に告白されたらしいじゃん?付き合うんだろ?」と続けた。
絵理沙が「あんたはどうして欲しいの?」と訊くと、自分の不確かな未来を考えて、どうこう言える立場じゃないよと答えた。
それで絵理沙は涙を見せないように「分かった」とだけ言って、走り去っていった。
怜人は後悔した。
こんな時にならないと気持ちを伝えられなかった。でも、やっぱり待ってて欲しいとまでは言えない自分が歯痒かった。
病院に向かう自動運転の車中。
怜人は兄と妹3人で乗っていた。
妹のまひるが「絵理沙ちゃんになんて告白したの?」と訊いてくる。
「好きって言ったよ。でも、喧嘩っぽくなったから、答えは分かんないな」と正直に答えた。
それで安心したような残念なようなまひるに、兄の龍がこっそり「一安心だな」と耳打ちすると、するどい肘打ちが返ってきた。
龍は落ち込んで見える怜人に「それで良かったのか?」と訊くが「仕方ないよ」と返されるだけだった。
病院の診察室で、男性医師の高木先生に診断結果を教えてもらった。
「スリープ中の健康維持は問題なさそうだ。長くて5年になるけど、寝て起きたら治ってるさ。だから目覚めたら君の頭脳を医療の発展に役立ててくれ」と励まされる。
本人は一夜寝るのと変わらないかもしれないが、世界は5年も過ぎている。
そう思うと、とても前向きな気持ちにはなれなかった。
スリープ直前になると、まひるは「怜にいいい~」と泣いて寂しがってくれた。
龍も「またすぐ会えるさ」と励ましてくれた。
担当看護師にネックレスも外して下さいねと注意されたとき、部屋の外で「お願いです、入れて下さい!」と取り乱している声が聞こえてきた。
声の主は絵理沙だった。
龍は「その子は家族です」と言って助け舟を出し、絵理沙と怜人を二人きりにしてあげた。
少しぎこちなくなった二人きりの空気。
「お見送りに来たの。って、お見送りで合ってるのかな?」
「そっか。ありがと」
そこで会話が途切れてしまうと、彼は勇気を出してネックレスを彼女に握らせた。
「それ大事なものなんだ。目が覚めたら返してもらうから預かっててくれ」と頼むと、絵理沙は「うん」と答えて、嬉しさと寂しさが混ざり合った笑顔で受け取った。
カプセルの中に入って、特別な液体に身体が浸されていく。
泣いて縋りつくまひるや、やはり不安そうにしている龍が見守っている。
絵理沙は何か言っているが、よく聴こえなかった。
でも、最後に彼女が言った一言だけはしっかり聴き取れた。
「私ずっと待ってるからね!」
だから、カプセル越しに手を合わせて、それを返答にした。